A Little Queen of
Kabukicho
「もうすぐ開店時間ね。店の準備は、もう終わったの?」
「ああ。いつも通りに」
「そう・・・それならいいけど」
限られた人間だけにしか立ち入ることが許されていないの部屋で、俺はと普段と別段変わらない言葉を交わしていた。というのは、俺が勤めているこのクラブのオーナーで、オーナーとして
はまだ大層若いがこの業界で今、一番注目を集めている人物の一人である。元はの母親がこのクラブのオーナーだったのだが、数年前、彼女は父親のい
ない一人娘のをこの店に残し客の一人と駆け落ちした。それ以来がオーナーの役職を引き継いだのだが、経営の手腕に優れていたはあっという間にこのクラブを歌舞伎町で一番稼いでいる店に変貌させ
てしまったのだからよくよく考えてみれば末恐ろしい話である。(最も、そんな
クラブでホストとして働いている俺も俺なのだが)部屋の窓から見える外の景色
は、真っ暗な空にところどころ明かりが灯っているビルばかりが立ち並ぶ都会な
らではの殺風景なものだったが、おそらく今日もそこから一時の余興を求めて大
勢の客たちが来るのだろう。これから酒と香水の匂いで溢れ返った長い夜がまた
始まるのだと思うと正直気分が悪くなったが、それなりに報酬をもらっているの
だからそれぐらいは堪えなければなるまい。内心溜め息を吐いているとから晋助、と名前を呼ばれて視線を向けた。
「どうした」
「それはこっちの台詞よ。さっきからずっと不機嫌な顔してるけど」
「・・・お前のことじゃねぇから心配するな」
「じゃあ、こっちに来てくれる?」
言われたとおりに豪華な椅子に座っている(そのせいか、がまるで本物の女王のようにも見えた)のすぐ目の前まで近付いて、跪く。これは俺がに忠誠を誓っているという、何よりの証だ。まだ随分と女にしては幼い
手で俺の頭を撫でながら、はただ一言、いい子ね、と呟いた。もし他の奴にそんなことをされたら
鬱陶しいことこの上ないが、だけに対しては俺は何とも思わなかった。むしろ心地良いとまで感じて
いた。俺の方がよりも年上なのに、なぜなのだろう。本当に自分でも不思議で仕方がな
い。
「ふふ。晋助って、私に対しては甘えん坊さんになっちゃうのよね」
「そうらしいな。自分でも不思議に思う」
「ところで、・・・晋助にはときどき、この仕事を辞めたくなっちゃうことって
ないの?」
「何でそんなことを聞く?」
「何となく気になったから」
「・・・、・・・無ぇな」
「どうして?」
「そう易々と今更お前の傍を離れられっかよ。第一離れたら危なっかしくて見て
らんねぇ」
これは本当のことで、はクラブのオーナーであるのに元々お人よしで穏やかな性格をしている
せいか、何度も他の店の奴に危ない目に遭わされそうになったことがあるのだ。
今までその度に俺がを守ってきた。は未だ俺の頭を撫でながら、苦笑いを零す。
「そうね。確かに私が危なっかしいせいで、晋助には今も私の用心棒をやっても
らってる状況だし」
「辞めたくなったこと、あるのか」
「私の場合?そうね・・・何度かは、あるかな。でも結局今の生活を手放せそう
にないから、全部未遂で終わってるんだけど」
「そりゃあ良かった。お前に辞められたら、俺の職が無くなっちまうからな」
「じゃあ、・・・もしいつか私がこの仕事を辞めてしまっってからも、私のこと
、守ってくれる?」
突然消え入りそうな声でそう呟いたに、当たり前だろ、と答える。(いっそ死ぬまで傍で守ってやりたいと
思っていることは、流石に言えず心の中にしまっておいたが)は嬉しそうに屈託なく微笑んだ。その笑顔は誰のよりも眩しく見える。
「ありがとう晋助。愛しているわ」
俺がから離れられない本当の理由は、ホストと用心棒の仕事をして得られる
報酬といったものではなく。彼女の口から直接俺にだけ伝えら
れる、甘い愛の言葉のせいなのかもしれない。
歌舞伎町の女王様
(Thank you for Project Gold Soul!! / from Volva
)